『嘘の中の本当はどこに?』
エイプリルSS 『嘘の中の本当はどこに?』
※Eternal Wish本編の、ネタバレが多く含まれます。


 師匠と旅に出て、ある街へとたどり着いた。
春という季候が良かったのか、街では花が咲き、一日中、穏やかな陽気に包まれている。
「……素敵な街ですね」
自然と口から出た言葉に、眼を細め微笑む。
「気に入ったのかい?」
隣で、師匠が微笑んでいる。それだけで、私の目には一層、この季節が輝いて見えた。
「……?」
誰かがスカートの裾を引っ張っている。
自分の足下に視線をやると、そこには小さな女の子が手に花いっぱいの籠を抱えて立っていた。
「師匠、この子……」

声を掛けて、隣の師匠の姿が忽然と消えていることに気がついた。
また師匠の悪い癖が出たのだろうと、そっと溜息を吐く。
新しい街に着くと、こうしてふらりと私に何も告げず、姿をくらましてしまうことが度々あった。
放っておいても、そのうち戻ってはきてくれるので、ここ最近は、うるさく咎めることも諦めていた。
そもそも師匠は奔放な人だから、いちいち気にしていては、私の方が先に参ってしまう。

「はい、お花をどうぞ」
ニッコリと差し出された一輪の白い花を、少女から受け取った。
「ありがとう。綺麗なお花ね」
見ず知らずの少女から手渡された花のいい香りに包まれて、ささくれかけた心が少しだけ回復する。
「このお花、どうしたの?」
「もうすぐ、そこの教会で結婚式があるの。そこで私、お花を渡す役目なの」
身を屈めて訪ねると、少女はそう嬉しそうに微笑んだ。
教会……? 視線の先には、確かに小さな教会がある。今は静かだが、結婚式の日にはあの鐘が鳴り響き、幸せに包まれるのだろうか。
どちらにしろ、私には縁のなさそうな話だ。

「本当はね、今日はエープリルフールで、嘘を吐いても怒られない日なんだけど。お姉ちゃんに言ったのは嘘じゃないよ」
エープリルフール……。そう言えば、今日は4月1日……。
この子が言われなければ、思い出すこともなく、1日が過ぎ去っていたかもしれない。
まあ、思い出した所で、私が騙せるような知り合いなんて、ここには師匠しかいないのだけど。その師匠も、行方不明中だ。
嘘を吐いても……。その言葉が、私の頭の中で繰り返す。
もし、師匠が今日が何の日なのかまだ気がついていないのだとしたら、
これはチャンスなのかもしれない。
ずっと確かめてみたかったけど、なかなか言い出せなかったこと……。今日がエープリルフールなら、勇気が持てるかもしれない。

 幸いと言うべきか、宿をとってからすぐに師匠は戻ってきた。絶好のチャンスに、気持ちは揺らぐ。言うべきか……言わないべきか。
散々悩んだ末、結局私は試してみる方を選んだ。
「師匠……。あの、私……どうしても伝えておかなくちゃならないことがあるんです」
「なんだい、改まって」
緊張した面持ちで告げる私に対し、師匠は相変わらずで、どこか楽しそうにも見える。
いや……気にする必要なんかない。この人はいつもこの調子だ。
「私、好きな人ができたんです……。だから、師匠との旅も、ここでお別れを言わなきゃって」
こんな見え透いた嘘は、すぐにバレてしまうかもしれない。
それでも、師匠がどんな反応を示すのか知りたくて、ドキドキと応えを待った。
「そっか……。じゃあ、しょうがないね。君との旅は楽しかったけど、ここでお別れにしよう」
「え……」
あまりにあっさりと切り捨てられ、言葉に詰まる。
ある意味、師匠らしい答えなのかもしれないが、それじゃあ、これまでの旅は何だったのだと責めたくもなる。
師匠に告白し、やっとここまで来られたのに、また振り出しに戻ってしまった気分だ。
「あの、これは……」
エープリルフールの嘘なのだと、言ってしまおうか……。
元々そのつもりでこの日を選んだのだし、最後にはちゃんと伝えるつもりだった。
「それにしても、君が選んだ男性というのは、どんな相手なんだい?」
師匠は薄く微笑んで、そう尋ねてくる。
それがあまりに、明日の天気の話題でもするかのようだったので、つい嘘をまた重ねてしまう。
「……師匠とは全く違うタイプの人です。真面目で、誠実な人……」
自分のついた嘘に小さく心が痛む。
この先、師匠以外の誰かを本気で好きになる日があるんだろうか? 
いくら師匠を好きだとしても、私が師匠を追うのを止めてしまえば、こうもあっさりと離れてしまう。
そんな不安定な関係を壊したくてついた嘘が、さらに自分で穴を大きく拡げてしまった。
「……そう。それはちょっと妬けるね」
師匠の声はどこまでも穏やかで、その冗談みたいな言葉がどこまで本気なのか、私には分からなかっ
た。

 逃げるように宿を出て、土地勘のない街をしばらく歩いていた。空は真っ青に晴れ渡り、その下には澄みきったエメラルドグリーンの海がきらめいている。
耳をすませば、押しては引いていく波の音が聞こえ、休暇としてくるのはもってこいの場所なのだろう。
ベランダに折りたたみ式のリクライニングチェアーを拡げ、余暇を楽しむ夫婦や、腕を組んで歩く若いカップルの姿をよく目にした。
これからどこに行こう……。そう悩んでいると、丘の上に立つ真っ白な教会が見えた。
花をくれた女の子が言っていた、あの教会だ。
どうせ行く場所も決まってないのなら……。そう思い立ち、足を運ぶことにした。

明日の式の準備は、もう終わっているのか、教会には人の姿が見えない。
椅子の端々に綺麗に飾り付けられたリボンに、明日には白い花々が添えられ、ここで新しい夫婦の誕生を祝うのだろう。
想像する光景があまりに今の自分の状況とかけ離れていて、好きな相手があの師匠なだけに、そんな幸せな時は永遠に訪れないのではないかと思う始末だ。
宿での師匠の言葉を思い出し、また溜息が洩れる。

「チャペルに来てまで、浮かない顔かい?」
「!!?」
ありえない人の声に、驚いて顔を上げる。
「……師匠?」
どうしてこの人が、ここにいるのか。
追いかけてきてくれるとは思わず、ただ呆然と師匠の顔を見てしまう。
「知ってるかな。明日ここで、結婚式が行われるんだ」
何故、師匠がそのことを……。師匠も他の誰かから聞いたのだろうか?
聞いた所で、師匠には関係のない話で、気にも留めなさそうだけど……。
……気まぐれを起こさない限り。

「こうして君がそこに立っていると、結婚式に娘を送り出す父親の気分になるよ」
さらりと酷いことを言っていることに、この人は気づいているんだろうか。
私にとって、師匠は師匠でも勿論、父親でもなくて……1人の男性として見ていることを、確かに、あの日……旅に出る前に伝えたはずだった。
「君もいつか、その君の言う好きな人と式を挙げたいと思ってる?」
好きな人と……。もしそうなるなら、きっと相手は師匠がいい。嘘をついてしまった手前、正直な気持ちを隠すように、私は俯きがちに頷いた。
「そうですね。……いつか、祝って貰えたら幸せです」
師匠の気持ちをただ、確かめたいと思ってついたはずの嘘が、何だか取り返しのつかない状況に陥っている。
このままだと、師匠は私を置いていってしまうんじゃ……。
焦る気持ちは増すばかりで、あんなに知りたいと思っていた師匠の気持ちが、今は知らなければ良かったと深く後悔していた。
少なくとも、知らなければまだ一緒にいられたのに……。
「それは残念……。どうやら私では君の願いを叶えられそうにない」
「君を祝うより、私は自分で君を幸せにしたいと願っているからね」
それは、どういう……。
不意打ちのような師匠の言葉に、聞き間違えではないかと耳を疑った。
だが、顔を上げた目線の先には、どこか悪戯っぽい表情を浮かべた師匠が微笑んでいて……。
「どうせなら、私らも明日、式を挙げるかい?」
「えぇっ!!?」
式って……それは、私と師匠がってことで正しいのだろうか?
からかわれているとも気づかず、激しく動揺する私に、ネタ晴らしをするように付け加える。
「まぁ……。君がまだ、架空の好きな人と式を挙げたいっていうのなら、一生叶わない願いなのだけどね」
そこまで言われて、師匠が全てお見通しだということにようやく気がついた。
全部、解った上で、師匠は、私のついた嘘に付き合っていただけで……。
ホッとする半面、意地の悪い師匠を恨めしく思う。
これでは、私が師匠の気持ちを確かめたんじゃなく、私が師匠への気持ちを確かめられたみたいだ。
「あの……師匠。さっきの話は、どこまでが嘘で、どこからが本当なんですか?」
出来れば、『私を幸せにしたい』とか『明日、式を挙げる』とか、その変の件を是非、真実に。
「さあ。なにせ今日はエープリルフールだ。本当と嘘が見え隠れするから面白いんだよ」

楽しそうに笑う師匠に、納得がいかない気もしながら、今はそれでいいとも思う。
なにせ今日は、色んな嘘の中に……ちょっとだけ師匠の本当を覗くことができたのだから。


はいあーん。


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